甲状腺ホルモンと不妊治療の関係:妊娠を望む方へ知っておきたい知識

はじめに:甲状腺ホルモンと不妊治療の密接な関係

妊娠を希望しているにもかかわらず、なかなか妊娠に至らない場合、さまざまな要因が考えられますが、その中でも見落とされがちなのが「甲状腺ホルモンのバランス」です。甲状腺ホルモンは、体全体の代謝やエネルギー消費を調整するだけでなく、性ホルモンの分泌や卵巣機能、子宮環境にも影響を与えています。これらのホルモンバランスが乱れると、排卵や着床に支障が出ることがあり、不妊の原因となることがあります。

特に、甲状腺機能の低下や亢進がある場合、月経異常や排卵障害が起こりやすく、妊娠しづらい状態になります。妊娠を望む女性において、TSH(甲状腺刺激ホルモン)の値が特に重要です。一般的に、TSHの値は0.5〜4.5μIU/mLが正常範囲とされますが、不妊治療においてはTSHが2.5μIU/mL未満であることが推奨されます。これより高い値では、妊娠しづらくなったり、流産のリスクが高まる可能性があります。

本記事では、甲状腺ホルモンと不妊治療の関係について詳しく解説し、妊娠を望む方が知っておくべき情報を提供します。甲状腺の異常を早期に発見し、適切な治療を行うことで、妊娠の可能性を高めることができます。

TSHが高いと言われたら

 甲状腺ホルモンの役割と生殖機能への影響

甲状腺ホルモンは、体全体の代謝を調整し、心身のバランスを保つために重要な役割を果たしています。甲状腺ホルモンのバランスが崩れると、特に女性の生殖機能に大きな影響を与え、不妊の原因となることがあります。

  • 甲状腺ホルモンと月経周期の関係
    甲状腺ホルモンは、月経周期を調整する視床下部-下垂体-卵巣軸に直接影響を与えます。ホルモンバランスが乱れると、排卵障害や月経不順を引き起こし、妊娠しにくい状態になります。特に、甲状腺機能低下症では、月経周期が長くなる(過少月経)、または停止する(無月経)ことが多く、甲状腺機能亢進症では月経周期が短くなる(過多月経)傾向があります。

  • TSHの適切な範囲と妊娠の可能性
    妊娠を希望する女性において、TSHの値は特に重要です。正常範囲の上限である4.5μIU/mL以下でも、妊娠を望む場合は2.5μIU/mL未満が理想的とされています。これより高い値だと、卵巣機能の低下や排卵障害が起こりやすく、着床率が下がることがあります。したがって、不妊治療を行う際には、TSHの値を2.5μIU/mL未満にコントロールすることが推奨されます。

  • 甲状腺ホルモンと卵巣機能
    甲状腺ホルモンは、卵巣での卵胞の成熟にも関与しています。ホルモンバランスが崩れると、卵巣機能が低下し、卵胞の成熟や排卵が正常に行われなくなることがあります。これにより、卵子の質が低下し、受精や着床が難しくなることがあります。

  • 甲状腺ホルモンと子宮内膜の状態
    子宮内膜の厚さや質は、甲状腺ホルモンの影響を受けます。ホルモンバランスが乱れると、子宮内膜の状態が悪化し、着床に適した環境が整わなくなります。その結果、着床障害が発生し、妊娠が成立しにくくなることがあります。

甲状腺ホルモンは、妊娠の成立に深く関与しているため、不妊の原因が不明な場合は、甲状腺機能の検査を行うことが重要です。特に、TSHの値を2.5μIU/mL未満に維持することが、妊娠の可能性を高めるポイントとなります。
厚生労働省 - 甲状腺の病気に関する情報
日本甲状腺学会 - 甲状腺疾患について
日本内分泌学会 - 甲状腺疾患について

甲状腺機能異常と不妊治療の実際

甲状腺機能異常は、不妊の原因として見逃されやすい問題です。しかし、適切な治療を行うことで、妊娠の可能性を大幅に高めることができます。ここでは、甲状腺機能異常が不妊治療にどのような影響を与えるか、そして治療方法について解説します。

  • 甲状腺機能低下症と不妊治療
    甲状腺機能低下症(橋本病など)は、甲状腺ホルモンの分泌が不足することで、体全体の代謝が低下し、妊娠しにくい状態になります。不妊治療においては、以下のような治療が行われます。

    • ホルモン補充療法:甲状腺ホルモン(チラーヂンなど)を服用し、ホルモンバランスを整えます。これにより、月経周期や排卵が正常に戻り、妊娠の可能性が高まります。特に、TSHの値を2.5μIU/mL未満にコントロールすることで、妊娠率が向上することが確認されています。
    • 定期的なホルモンチェック:ホルモン補充療法を行っている場合、定期的に血液検査を行い、甲状腺ホルモン(TSH、T4)の値を確認し、適切な投薬量を調整します。これにより、最適なホルモンバランスを保つことができます。
  • 甲状腺機能亢進症と不妊治療
    甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)は、甲状腺ホルモンの過剰分泌により、心身の過度な興奮状態や体重減少、月経不順を引き起こします。不妊治療では、以下のような治療が行われます。

    • 抗甲状腺薬の投与:甲状腺ホルモンの分泌を抑える薬(メルカゾールなど)を使用し、ホルモンバランスを整えます。これにより、月経周期や卵巣機能が改善され、妊娠しやすい状態に戻します。特に、TSHの値を適正範囲に保つことが重要です。
    • 放射性ヨード療法や手術療法:重症例では、放射性ヨード療法や甲状腺の部分的な切除手術が行われることがあります。これにより、ホルモンの分泌を適切にコントロールし、妊娠の可能性を高めます。

甲状腺機能異常は、適切な治療を行うことで、妊娠の可能性を高めることができます。不妊治療を行う際には、甲状腺機能の検査を行い、TSHの値を2.5μIU/mL未満に調整することが重要です。

甲状腺ホルモン異常が原因で起こり得る不妊症の具体例

甲状腺ホルモンのバランスが乱れることで、さまざまな不妊症の原因となることがあります。ここでは、甲状腺機能異常が原因で起こり得る具体的な不妊症の例をいくつか紹介します。

  • 排卵障害
    甲状腺機能低下症では、月経周期が乱れることが多く、排卵が正常に行われないことがあります。排卵が不規則になることで、妊娠のタイミングを掴むのが難しくなり、不妊の原因となります。また、排卵の質も低下しやすく、受精や着床が難しくなることがあります。

  • 着床障害
    甲状腺ホルモンは、子宮内膜の成長や分化にも影響を与えます。ホルモンバランスが乱れると、子宮内膜が十分に厚くならず、着床に適した環境が整わないことがあります。これにより、着床障害が起こり、妊娠が成立しにくくなることがあります。

  • 黄体機能不全
    甲状腺機能亢進症では、黄体ホルモンの分泌が不十分になることがあります。これにより、黄体機能不全が起こり、妊娠が成立しにくくなるほか、妊娠初期に流産するリスクが高まります。

  • 男性不妊
    甲状腺ホルモンの異常は、女性だけでなく男性の生殖機能にも影響を与えることがあります。甲状腺機能低下症では、精子の運動性や形態に異常が生じることがあり、受精率が低下します。また、甲状腺機能亢進症では、性欲の減退や勃起不全が生じることがあります。

これらの不妊症は、甲状腺機能を正常に保つことで改善が期待できます。不妊治療を行っている方は、甲状腺の検査も併せて行い、TSHの値を2.5μIU/mL未満に保つことを目指しましょう。

甲状腺の健康を保ち、妊娠しやすい体を作るための生活習慣

 

甲状腺の健康を保つためには、適切な生活習慣が欠かせません。以下に、甲状腺の健康を守り、妊娠しやすい体を作るためのポイントを紹介します。

  • バランスの取れた食事を心がける
    甲状腺ホルモンの合成には、ヨウ素やセレン、亜鉛などの栄養素が必要です。これらをバランス良く摂取することで、甲状腺機能を正常に保つことができます。特に、ヨウ素は海藻類や魚介類、セレンはナッツや魚、亜鉛は肉類や豆類に多く含まれています。過剰摂取に注意しながら、適度な量を心がけましょう。

  • 適度な運動を取り入れる
    適度な運動は、全身の血流を促進し、ホルモンバランスを整えるのに役立ちます。ウォーキングやヨガ、軽いランニングなど、無理のない範囲で毎日30分程度の運動を行いましょう。運動は、甲状腺機能の改善とストレスの軽減にも効果的です。

  • ストレスを管理する
    ストレスは、甲状腺機能に悪影響を与え、ホルモンバランスを崩す原因となります。日常生活でできるだけストレスを軽減し、リラックスできる時間を持つことが大切です。深呼吸や瞑想、趣味に没頭する時間を作り、心身のリフレッシュを図りましょう。

  • 十分な休息と睡眠を確保する
    睡眠は、ホルモンバランスを整えるために欠かせない要素です。毎日同じ時間に寝起きし、質の良い睡眠を確保することで、甲状腺の健康を守り、妊娠しやすい体を作ることができます。寝る前にスマートフォンやパソコンを使用するのは避け、リラックスできる環境を整えましょう。

  • 定期的な健康チェックを受ける
    甲状腺機能に不調を感じる場合や、不妊の原因が不明な場合は、定期的に甲状腺の検査を受けることが重要です。早期に異常を発見し、適切な治療を行うことで、妊娠の可能性を高めることができます。特に、TSHの値を2.5μIU/mL未満に保つことを目指しましょう。

これらの生活習慣を取り入れ、甲状腺の健康を守りながら、妊娠しやすい体作りを心がけましょう。

 

監修者プロフィール

院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士 (東京大学)

山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。

資格・専門性

  • 日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医
  • 日本内科学会 総合内科専門医

豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患の診断と治療を提供しています。

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