妊娠中の甲状腺機能異常と児の発達リスクについて

はじめに 〜妊娠と甲状腺の深い関係〜

妊娠中はホルモンバランスが大きく変化する時期であり、そのなかでも甲状腺ホルモンの役割は非常に重要です。甲状腺ホルモンは胎児の脳や神経系の発達に深く関与しており、その不足や過剰は、胎児の認知機能や発育に影響を及ぼすことが知られています(Glinoer D. Endocr Rev. 1997)。

とくに胎児は妊娠初期〜中期までは自前で甲状腺ホルモンを作れず、母体から供給されるホルモンに完全に依存しています。このため、母体に甲状腺機能異常があると、胎児の神経発達やIQの形成にまで影響を及ぼす可能性があります。

妊娠中に使用可能な甲状腺薬について

甲状腺機能異常と児の発達への影響

認知機能・IQへの影響

2004年に発表された大規模コホート研究(Haddow JE et al., N Engl J Med)では、妊娠中に甲状腺機能低下症があった母親から生まれた児は、IQスコアが平均で7ポイント低いという結果が報告されました。この差は、将来的な学業成績や社会的発達にも影響する可能性があるとされています。

また、母体のFT4(遊離サイロキシン)値が低いことと、児の運動機能・注意力の低下との関連性も指摘されています(Pop VJ et al. Clin Endocrinol, 2003)。

神経発達障害との関連

  • 自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠陥・多動性障害(ADHD)との関連が複数の研究で示唆されています。

  • Korevaar et al. (Lancet Diabetes Endocrinol. 2016)によるオランダの母子コホート研究では、妊娠中期の甲状腺機能異常(とくにsubclinical hypothyroidismおよびisolated hypothyroxinemia)が児のIQおよび脳容積の減少と関連していることが示されています。

数字データの提示

  • 母体が甲状腺機能低下症だった場合、児のIQが85未満であるリスクが通常の2倍以上(Haddow JE, 2004)

  • 妊娠中のTSHが2.5 mIU/Lを超えると、軽度機能低下とされ、リスク群となることが多い(ATA Guidelines 2017)

  • ATA guideline and statement

最近のガイドラインと検査・治療の動向

最新の国際ガイドライン(ATA 2017、ETA 2014)

アメリカ甲状腺学会(ATA)およびヨーロッパ甲状腺学会(ETA)は、妊娠中の甲状腺機能異常に関して次のようなガイドラインを提示しています。

ATA(2017)のポイント

  • 妊娠前または妊娠初期にTSH、FT4を評価することを推奨

  • TSH基準値は妊娠初期で0.1〜2.5 mIU/L

  • TPO抗体陽性の場合、TSHが正常でも注意深くモニタリング

  • FT4が低下しているisolated hypothyroxinemiaにも介入を検討

日本甲状腺学会の動向

  • 国内では「妊娠希望女性」や「不妊治療中の女性」に対して、甲状腺機能検査をルーチンで推奨する動きが拡大中(日本甲状腺学会妊娠と甲状腺疾患に関する委員会報告, 2021)

治療と予防

  • レボチロキシン(チラーヂンS)によるホルモン補充療法が安全かつ効果的

  • 適正なTSH維持により、児の発達リスクを最小化できる

  • 母体の過剰補充にも注意が必要であり、妊娠中はFT4・TSHのバランスを頻繁にモニターすることが重要

新規性・独自性・安全性・早期対応の重要性

新規性と研究の進展

  • 従来は明確な症状のある「顕性甲状腺機能異常」のみが対象とされていましたが、近年では無症候性の“subclinical hypothyroidism”や“isolated hypothyroxinemia”にも注目

  • 新しいエビデンスに基づき、より細やかな診断・治療介入が求められています

当院の独自性

  • 妊娠中や妊娠希望女性のための専門甲状腺外来を設置

  • ホルモン値の微細な変動を定期的に追跡評価

  • 他院で「問題ない」と言われたTSHやFT4値でも、最新ガイドラインに照らして再評価

安全性

  • レボチロキシンは胎児への影響がないことが確立されている薬剤(FDA分類B)

  • 治療を継続することが、無治療に比べて児の神経発達障害リスクを大幅に減らす(Casey BM et al., Obstet Gynecol. 2005)

早期対応の意義

  • 妊娠初期、受精後8週〜12週までの甲状腺ホルモン供給が特に重要

  • 遅れて診断された場合でも、中期以降の介入が神経発達遅延のリスクを軽減(Trumpff C et al., Thyroid. 2020)

当院でのサポート

 

蒲田駅前やまだ内科糖尿病・甲状腺クリニックでは、妊娠中または妊娠希望の女性を対象に、甲状腺機能管理に特化したサポート体制を整えています。

当院のサポートの特長

  • 最新ガイドラインに準拠した妊娠前検査・妊娠中の甲状腺管理

  • 月1回以上のホルモンモニタリング体制(必要に応じて迅速対応)

  • 不妊治療専門クリニック・産科施設と連携し、治療方針の統一と情報共有

  • 自己抗体(TPO抗体・TG抗体)陽性者へのきめ細かいフォロー

  • 将来的な胎児の発達まで見据えた長期的サポート

ご相談ください

「不妊治療をしているがなかなか妊娠しない」「妊娠中の甲状腺の値が気になる」「健診でTSHが高いと言われた」など、気になる症状があればお気軽に当院へご相談ください。

早期発見と適切な治療が、胎児の未来を守る第一歩となります。


引用文献

  1. Glinoer D. The regulation of thyroid function in pregnancy: pathways of endocrine adaptation from physiology to pathology. Endocr Rev. 1997;18(3):404–433.

  2. Haddow JE, et al. Maternal thyroid deficiency during pregnancy and subsequent neuropsychological development of the child. N Engl J Med. 1999;341(8):549–555.

  3. Pop VJ, et al. Low maternal free thyroxine concentrations during early pregnancy are associated with impaired psychomotor development in infancy. Clin Endocrinol (Oxf). 2003;59(3):282–288.

  4. Korevaar TI, et al. Association of maternal thyroid function during early pregnancy with offspring IQ and brain morphology in childhood: a population-based prospective cohort study. Lancet Diabetes Endocrinol. 2016;4(1):35–43.

  5. Casey BM, et al. Subclinical hypothyroidism and pregnancy outcomes. Obstet Gynecol. 2005;105(2):239–245.

  6. Trumpff C, et al. Maternal thyroid function during pregnancy and child neurodevelopment. Thyroid. 2020;30(8):1143–1164.

  7. American Thyroid Association Guidelines. Management of thyroid disease during pregnancy and postpartum. Thyroid. 2017.


監修者プロフィール

院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士(東京大学)

山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、20年間の専門の経験を活かし生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。

資格・専門性

  • 日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医

  • 日本内科学会 総合内科専門医

豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患における最新の治療を提供しています。

 

TOPへ