甲状腺と乳がんの関係について

はじめに

甲状腺疾患(橋本病、バセドウ病、甲状腺腫)と乳がんは、ともに女性に多く発生する疾患であり、その関連性について多くの研究が行われています。近年、甲状腺機能異常(特に甲状腺ホルモンの過剰または不足)や甲状腺疾患(バセドウ病、橋本病など)が乳がんリスクや予後に影響を与える可能性が示唆されています。また、甲状腺ホルモンが腫瘍細胞の増殖や浸潤に関与する可能性も研究されています。本記事では、甲状腺と乳がんの関係性について、疫学、病態生理、臨床的意義を中心に解説します。

疫学的な関連性

乳がん患者における甲状腺疾患の頻度

乳がん患者の中で、甲状腺疾患(特に甲状腺機能亢進症や機能低下症)が高頻度で見られるという報告があります。以下のような疫学的データが示されています:

  • 甲状腺機能低下症と乳がん
    甲状腺機能低下症のある女性では、乳がんの発症リスクがわずかに低い、または相関がないという研究結果があります[1]。一方、慢性的な甲状腺機能低下が乳がんの予後に悪影響を及ぼす可能性も報告されています。

  • 甲状腺機能亢進症と乳がん
    甲状腺ホルモンの過剰な分泌(バセドウ病や甲状腺機能亢進症)が乳がんの発症リスクを高める可能性が指摘されています[2]。

自己免疫性疾患との関係

甲状腺疾患(特に橋本病などの自己免疫性甲状腺炎)を持つ女性では、乳がんの発症リスクが増加する可能性があるとされています。この背景には、慢性的な炎症や免疫系の異常が関与していると考えられます。

甲状腺ホルモンと乳がんの病態生理的関係

甲状腺ホルモン(T3、T4)は、体内の多くの細胞に作用し、代謝や成長を調節する重要なホルモンです。このホルモンが腫瘍細胞にどのように影響を与えるかは、以下のようなメカニズムが考えられています。

甲状腺ホルモン受容体の役割

甲状腺ホルモンは、細胞内の甲状腺ホルモン受容体(TRα、TRβ)を介して作用します。この受容体は、腫瘍細胞の増殖、アポトーシス(細胞死)、浸潤に関与する遺伝子の発現を調節します[3]。

  • TRαと乳がん
    TRαの異常発現が乳がん細胞の増殖を促進する可能性があります。
  • TRβと乳がん
    TRβは腫瘍の進行を抑制する役割を果たすと考えられており、その低下が乳がんの悪性度に関与する可能性があります。

甲状腺ホルモンとエストロゲンの相互作用

甲状腺ホルモンは、エストロゲン受容体(ER)の発現や活性に影響を与えることが示されています。エストロゲン受容体陽性乳がんでは、甲状腺ホルモンが腫瘍の成長を促進する可能性があります[4]。

慢性的な炎症と腫瘍形成

自己免疫性甲状腺疾患では慢性的な炎症が持続し、これが乳腺組織に悪影響を与える可能性があります。炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-αなど)が腫瘍細胞の増殖を促進するメカニズムが示唆されています。

臨床的意義

甲状腺疾患の管理と乳がんの予後

甲状腺疾患を適切に管理することが、乳がん患者の予後改善に寄与する可能性があります。

  • 甲状腺機能低下症
    乳がん治療中に甲状腺ホルモンの低下が確認された場合、ホルモン補充療法が乳がん治療の効果を高める可能性があります。
  • 甲状腺機能亢進症
    甲状腺ホルモンの過剰が乳がん治療に悪影響を及ぼす可能性があるため、治療前後の甲状腺機能のモニタリングが推奨されます。

治療の相互作用

乳がんの化学療法や放射線療法が甲状腺機能に影響を与える場合があります。特に、放射線療法が甲状腺に及ぼす影響(甲状腺機能低下症や甲状腺炎)に注意が必要です[5]。

甲状腺と乳がんの予防と早期発見

 

定期的な健康診断

乳がんと甲状腺疾患は、ともに定期的な検診が重要です。特に、乳がんのリスクが高い女性(家族歴のある方やホルモン補充療法を受けている方)は、甲状腺機能のチェックも同時に行うことが推奨されます。

ライフスタイルの見直し

適切な食事、運動、ストレス管理は、甲状腺と乳がんの両方のリスクを低下させる可能性があります。特に、ヨウ素の過剰摂取や不足が甲状腺機能に影響を与えるため、バランスの取れた食生活が重要です。


6. 当院でのサポート

当院では、甲状腺疾患と乳がんの関係について十分な理解を持ち、以下のようなサポートを提供しています。

  • 甲状腺機能検査
    血液検査による甲状腺ホルモン値(T3、T4、TSH)の評価を行い、乳がん患者様の甲状腺機能を総合的にチェックします。
  • 超音波検査
    甲状腺の腫瘍や炎症の有無を確認するため、定期的な超音波検査を推奨しています。
  • 個別化治療計画
    乳がん治療中の患者様に対し、甲状腺機能の変化を考慮した治療プランを提案します。
  • 専門医との連携
    必要に応じて乳がん専門医や内分泌専門医と連携し、患者様に最適な治療を提供します。

7. まとめ

甲状腺疾患と乳がんには一定の関連性があることが研究で示されています。甲状腺機能の異常は乳がんの発症リスクや予後に影響を与える可能性があり、両疾患を包括的に管理することが重要です。甲状腺疾患や乳がんについて不安を感じている方は、ぜひ当院にご相談ください。定期的な検診と適切な治療で、健康的な生活をサポートいたします。


参考文献

  1. Smyth PP. "Thyroid disease and breast cancer." Journal of Endocrinological Investigation, 2013.
  2. Cristofanilli M, et al. "Thyroid hormone and breast cancer: interactions in the molecular and cellular context." Journal of Cancer Research and Clinical Oncology, 2015.
  3. Hercbergs A, et al. "Thyroid hormones and cancer: clinical and experimental studies." Current Opinion in Endocrinology, Diabetes and Obesity, 2014.
  4. Ditsch N, et al. "Thyroid function in breast cancer patients." European Journal of Cancer Prevention, 2011.
  5. Greenlee H, et al. "Impact of radiation therapy on thyroid function in breast cancer patients." Breast Cancer Research and Treatment, 2010.

院長プロフィール
山田朋英(Tomohide Yamada)
蒲田駅前やまだ内科糖尿病・甲状腺クリニック 院長

  • 学歴: 東京大学大学院博士課程修了(医学博士)
  • 職歴: 英国マンチェスター大学・キングスカレッジロンドン 客員教授
  • 専門分野: 糖尿病、甲状腺疾患、内分泌疾患、がんリスク管理

当院では甲状腺疾患の治療を通じて、患者様の全身的な健康をサポートしています。お気軽にご相談ください。

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