甲状腺と歯科治療について

甲状腺疾患とは何か ─ 歯科治療との関連を考える前提

甲状腺は、首の前面に位置する蝶の形をした臓器で、体の代謝を調節するホルモン(T3、T4)を分泌しています。甲状腺ホルモンは、心拍数、体温、エネルギー消費、さらには骨代謝や免疫機能にも影響を及ぼす重要な物質です。

甲状腺の機能異常には大きく分けて2つあり、「甲状腺機能亢進症(例:バセドウ病)」と「甲状腺機能低下症(例:橋本病)」が代表的です。これらの疾患は、歯科治療と密接な関わりを持っています。なぜなら、歯科治療における麻酔薬の使用やストレス、感染症、出血傾向などが甲状腺機能に影響を与える可能性があるからです。

たとえば、甲状腺機能亢進症では、心拍数の増加、不整脈、高血圧といった症状があるため、局所麻酔薬に含まれるアドレナリンにより、心血管系への負担が増す危険性があります。一方で、甲状腺機能低下症では、代謝低下による創傷治癒遅延や感染リスクの上昇が問題となります(参考文献1)。

甲状腺疾患患者が歯科治療を受ける際のリスクと注意点

1. 麻酔薬の影響

特にバセドウ病などの甲状腺機能亢進症の患者では、局所麻酔薬(リドカイン+アドレナリン)に対して過敏な反応を示すことがあります。これにより、不整脈、頻脈、血圧上昇といった有害事象が報告されています。日本甲状腺学会のガイドライン(2023年改訂)では、未治療またはコントロール不良のバセドウ病患者へのアドレナリン含有麻酔薬の使用は極力避けるよう記載されています(参考文献2)。

2. 感染リスク

甲状腺機能低下症では免疫機能の低下が見られ、歯科治療後の感染リスクが高まります。特に抜歯やインプラント手術など侵襲的処置の際には、術前の甲状腺機能評価が必要です。

3. 出血傾向・骨代謝異常

甲状腺機能異常は、血小板機能や凝固因子に影響を及ぼすことが報告されており(参考文献3)、出血傾向がある患者では歯周外科処置に注意が必要です。また、慢性的な甲状腺機能異常は骨代謝を乱し、インプラントの成功率に影響を与える可能性があります。

最新の研究とガイドラインが示す甲状腺と口腔内健康の関連性

近年の研究では、甲状腺機能異常と歯周病の関連性が注目されています。例えば、韓国の国民健康調査を用いた研究(Lee et al., 2020)では、甲状腺機能異常を有する被験者は、健常者に比べて歯周病罹患率が1.4倍高いことが報告されています(参考文献4)。

また、米国内分泌学会(Endocrine Society)のガイドライン(2022年)では、甲状腺疾患を有する患者の全身管理において、歯科的観点も含めた包括的な医療の必要性が強調されています。これは、甲状腺疾患が単なるホルモンの問題にとどまらず、全身に波及する病態であることを意味しています。

歯科治療と甲状腺疾患の「安全な橋渡し」─ 医科歯科連携の重要性

甲状腺疾患患者における歯科治療のリスクを最小限にするためには、以下のような医科歯科連携が不可欠です:

  • 治療前の情報共有:甲状腺疾患の病型(バセドウ病か橋本病か)、コントロール状況、現在の内服内容(例:抗甲状腺薬、チラージン、ステロイドなど)を歯科医と共有します。

  • ストレス軽減対策:自律神経の興奮を避けるため、歯科治療前に抗不安薬を考慮する場合もあります。

  • 術後管理:創傷治癒を促進するために、必要に応じて抗生剤の予防投与や内分泌的なモニタリングを行います。

これらの対応により、甲状腺疾患を持つ患者でも安全に歯科治療を受けることが可能になります。

当院でのサポート

 

蒲田駅前やまだ内科糖尿病・甲状腺クリニックでは、甲状腺疾患と歯科治療の関係を深く理解した医師が対応し、必要に応じて地域の歯科医院と連携しながら診療を行っております。

  • 術前評価の徹底:歯科治療予定がある患者様には、必要な血液検査やホルモン検査を迅速に実施します。

  • 他科連携の推進:近隣の歯科クリニックと連携し、患者様の病状を共有。必要に応じて診療情報提供書を作成いたします。

  • 薬剤調整の柔軟な対応:抗甲状腺薬、甲状腺ホルモン製剤、ステロイドなどの処方を、歯科処置に合わせて調整いたします。

甲状腺疾患をお持ちの方が安心して歯科治療を受けられるよう、当院は全力でサポートいたします。


参考文献

  1. 日本甲状腺学会編『甲状腺疾患診療ガイドライン2023』

  2. American Association of Clinical Endocrinologists and American Thyroid Association Guidelines for Hyperthyroidism and Other Causes of Thyrotoxicosis, 2016.

  3. Yilmaz N. et al. "The effects of thyroid dysfunction on hemostasis," J Thromb Thrombolysis, 2015.

  4. Lee JH, Kim YT et al. "Thyroid function and periodontal disease: analysis of a national health survey," J Periodontol. 2020.


監修者プロフィール

院長 山田 朋英 (Tomohide Yamada)
医学博士(東京大学)

山田院長は、糖尿病・甲状腺・内分泌内科の専門医であり、東京大学で医学博士号を取得しています。東大病院での指導医としての経験や、マンチェスター大学、キングスカレッジロンドンでの客員教授としての国際的な研究経験を持ち、20年間の専門の経験を活かし生まれ故郷の蒲田でクリニックを開院しました。

資格・専門性

  • 日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医・研修指導医

  • 日本内科学会 総合内科専門医

豊富な臨床と研究の経験を活かし、糖尿病や甲状腺疾患における最新の治療を提供しています。

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